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ETHICUS coffee roassters 山崎 嘉也 インタビュー | The Roaster’s Coffee Life

2025/02/14

誰も歩かない道を、自由に突き進む──ETHICUS coffee roastersが変える静岡のコーヒー地図

日吉町駅前の無機質な空間──ETHICUS coffee roastersと静岡の新しい風景

東京から車を走らせること約2時間半。都心の喧噪を抜け、高速道路を下りる頃には豊かな山々と温泉地が点在する静岡県の風景が広がる。晴れた日は車窓から富士山が顔をのぞかせ、自然の雄大さに思わず気持ちも緩む。そんな旅の気分を抱えながら静岡清水線の日吉町駅で降り立つと、ちょうど駅の向かいに「ETHICUS coffee roasters(以下、ETHICUS)」のクールな外観が視界に飛び込んでくる。無駄をそぎ落としたシンプルな外観に、大きなガラス窓。店内に目をやると、一見すると武骨なまでに無機質な印象だが、奥に見えるローリング社製の熱風式焙煎機やずらりと並ぶコーヒー豆のパッケージからは、どこか静かな熱量も感じられる。

この地でスペシャルティコーヒーの専門店を構え、今年で5年目を迎えるのがオーナー兼ロースターの山崎 嘉也。店内をぐるりと見渡すと、コンクリートを基調としたインダストリアルな内装と、大きなカウンターが中央に配置されているのが目を引く。カウンター越しにはバリスタとお客さんが一対一で言葉を交わし、お互いの顔がよく見える距離感でコーヒーを選ぶ光景が広がっている。もしかすると、一見クールな雰囲気と温かいコミュニケーションとのギャップがETHICUS最大の魅力なのかもしれない。

実際に足を運んでみると、ガラスから自然光が差し込む開放的な空間でありながら、どこか秘密基地のようでもある。マットな質感のインテリアや無機質なカラーリングが、逆にここで行われる会話や人の営みを浮き立たせているように感じられるのだ。店の中央にドンと構えるカウンターには、訪れた人が当たり前のように腰をかけ、バリスタに「こんな気分なんだけど、どの豆が合うかな?」と相談している。静岡という土地柄か、カウンター越しに生まれる会話はどこかのんびりとしているが、そこに流れるのは“美味しいコーヒーを一緒に探す”という確かな熱。

ETHICUSのコーヒー豆パッケージは薬の処方箋袋をモチーフにした大胆なデザイン。白地の袋に記載された文字情報はミニマルで、いわゆる豆の詳細をうんちくのように書き連ねてはいない。むしろ「飲む人の気分を高揚させたい」という思いから生まれたこのクリエイティブこそ、“ETHICUSらしさ”を端的に物語っている。それが既存のコーヒーショップとは一線を画すユニークな存在感を放ち、地元の常連客はもちろん、遠方から訪れるコーヒーファンをも惹きつけてやまない。

初めて訪れる人の多くは「何とも言い難い空気感」「無機質なのに居心地がいい」と不思議な感覚に驚くという。しかし、そんな印象を抱いたとしても、スタッフに声をかけられてカウンターで話し始めると、自然と緊張がほどけて「じゃあ今日はこんなコーヒーにしてみよう」と会話が転がっていく。ETHICUSの焙煎度合いや豆の産地に詳しくなくても大丈夫。“どんな気分で、どんなコーヒーを飲みたいか”という問いに向き合える空間として、この店は静岡に新しいコーヒーの風景を提供しているように感じられるのだ。

バンドとバーテンから始まった挑戦──「誰もやっていない」ことへの憧れ

そんなETHICUSを手がける山崎 嘉也は、どんな学生時代を過ごしていたのか。彼の原点にあるのは、高校時代から夢中になっていた音楽活動だった。ロックバンドを組み、「俺は音楽で食っていくんだ!」と情熱を注ぎ込んだ日々。しかし、バンドマンの世界にも競争はあり、圧倒的な技術や才能を目の当たりにして“上には上がいる”という厳しい現実を突きつけられた。それでも音楽と関わり続けたいという思いから、ライブハウス経営に興味を抱いて神奈川の大学へ進学。経営学や情報学を学びながら、夜はバーテンダーとしてアルバイトし、加えて渋谷のビジネススクールにも通うという、とにかく“誰もがやっていないこと”にひたすら挑んでいた時期だった。

昼は大学、夜はバー、さらにビジネススクールの勉強と、ほとんど寝る間もない生活を送る中で支えになったのは「他人と同じことをしても面白くない」というモチベーションだったという。彼は笑いながら当時を振り返り、「バンドマンの頃からずっと、流行っているとか有名になりたいというより、“俺しかやっていない”という感覚を味わいたかったんです」と話す。その一種の“尖った精神”が、後のコーヒー人生においても要所要所で彼を突き動かしていくことになる。

大学を卒業後はまず不動産業界へ就職し、翌年に無印良品へ転職するが、そこで思いがけない誘いが待っていた。大学時代の友人から「コーヒーの移動販売を一緒にやらないか?」と声がかかったのだ。まだコーヒースタンドや移動販売が一般的ではなかった当時、そのアイデアに山崎はすぐに飛びついた。「とにかく“かっこいい!”と思ったんです」と彼は言う。実際、当時はモトヤエクスプレスくらいしか移動販売をしているコーヒーショップが思い浮かばないほど珍しかった。コーヒーについて詳しくないどころか、ほとんど飲んだことも淹れたこともなかった山崎が、「それなら勉強しよう」と一念発起して渋谷のセガフレードでバリスタの掛け持ちを始めたのも、すべて“誰もやらないことをやりたい”という彼の原動力ゆえだった。

もっとも、最初からうまくいったわけではない。入社時に「半年だけ勉強して辞めます」と堂々と宣言してしまったため、エスプレッソの抽出を教えてもらえず、「ホットチョコレート担当」として終始働く日々が続いた。それでは意味がないと気づいた山崎は、思い切って無印良品を辞め、セガフレードでバリスタとして本腰を入れる道を選ぶ。こうして、コーヒーの世界に本格的に足を踏み入れたのである。

イタリアでの修行と独立への道──“美味しいコーヒーとは何か”を求めて

バリスタとしてのキャリアを歩み始めた山崎の中に、次第にひとつの疑問が芽生えた。それは「美味しいコーヒーって、そもそも何だろう?」という根源的な問いだった。実のところ、山崎自身はそれまでコーヒーを「美味しい」と感じたことがなかったという。そこで決断したのがイタリアのナポリへ飛び、バリスタ修行をすること。シンプルに「本場のエスプレッソを味わえば、何か分かるかもしれない」と考えたのだ。

ナポリでは、ほぼ毎日バール巡りをしながら1軒、2軒、いや180軒以上の店を次々と訪れ、エスプレッソを味比べした。仕事の合間を縫ってはさまざまな味に出会い、バリスタとして腕を磨く。ところが、山崎がそこで気づいたのは「本場のエスプレッソも、美味しいと心底思える一杯には出会えなかった」という事実だった。「自分の理想のコーヒーがそもそも何なのか分からない以上、ここにいても答えにはたどり着かない」と感じた山崎は、わずか数ヶ月で帰国を決意する。

帰国後もセガフレードに戻り、現場でバリスタとしての経験を積みながら、社内コンペティションで優勝するほどの技術を身につけていった。やがてチーフバリスタ、フランチャイズのSVとして店舗開発に携わるようになり、当初抱いていた「コーヒーでやっていけるのか?」という不安は次第に薄れ、「このまま会社員として働き続けるのもいいかも」という落ち着きを覚えるようになったという。しかし、山崎の人生にはもう一つの転機が待っていた。清澄白河の人気ロースター「ARiSE COFFEE ROASTERS」と偶然出会い、店主の林と意気投合したことで「もう一度現場に立ちたい」という衝動が再び湧き上がってきたのだ。SVとして裏方に回る時間が増えていた山崎は、カウンターに立ち、お客さんと対面しながらコーヒーを提供する喜びを取り戻したいと強く感じるようになり、林の「独立した方がいいよ」という言葉が背中を押す格好となった。

2015年に山崎は地元・静岡の地で、妻と共にETHICUS coffee roastersの前身となるカフェをオープン。2017年に焙煎機を導入して自家焙煎を始めると、焙煎業務の拡大とともに想定していた店舗の姿から徐々にずれ始める部分が出てきた。「自分の理想をもう一度ゼロから作り直そう」と考えた末、開業から3年でいったん店を畳み、2018年に新しい空間としてETHICUS coffee roastersをスタートさせた。その一貫した姿勢の背景には「やりたいことを、とことん自分のスタイルで追求したい」という山崎の強い意思がある。

ブランディングとコミュニケーション──静岡から世界へ挑むETHICUSの未来

現在の日吉町駅前に居を移したETHICUS coffee roastersは、「自分のやりたいことを自由にやる」というコンセプトを具現化する場所として新たな挑戦を続けている。真っ白な薬の処方箋袋を思わせるパッケージデザインは、その最たる象徴だ。豆の詳細がぎっしり書き込まれているわけではなく、あえて情報をミニマルにすることで、「こう淹れなきゃいけない」とか「この風味を絶対に感じなきゃいけない」といった先入観を取り払おうとしている。

加えて、カウンターの存在感もETHICUSを語る上で欠かせない。訪れたお客さんがバリスタと膝を突き合わせるように言葉を交わし、店内ではコーヒーの抽出方法や豆の特徴だけではなく、日々のちょっとした出来事まで含めて自然な対話が生まれている。そんな距離感が「ここで飲むコーヒーはどこか特別」という印象へとつながり、さらに自由な楽しみ方を提案する土壌になっているのだ。山崎は「この人は今どんな気分で、何を求めて来ているんだろう?」と相手の背景を想像しながら提案することを心がけているという。

一方で、ETHICUSを運営する上で山崎が「一番大事にしている」と語るのが、ブランディングへのこだわりだ。SNSやイベント出店、さらには店舗設計やクリエイティブの細部に至るまで、「自分たちが守りたいもののために“抜きん出る”こと」をテーマに掲げている。その背景には、スタッフやお客さん、そしてコーヒーの生産者までも視野に入れた「みんなの居場所をより面白くするために、自分たちのブランドを強くしていく」という信念がある。たとえ地方のマイクロロースターでも、“こんなことやっているのはETHICUSくらいしかない”という強烈な個性を確立すれば、お客さんに「ここは特別な存在だ」と思ってもらえるだろう。その“特別”こそが、人々の日常をちょっとだけ明るくしてくれる魔法になり得るのだ。

最後に、ETHICUSのコーヒーをどのように楽しんでほしいのかを山崎に尋ねると、「シチュエーションの中に自然と溶け込みながら、気分を上げる“きっかけ”であってほしい」と語る。レシピにとらわれる必要はまったくなく、デザインを気に入ってキッチンやリビングに飾るだけでもいい。興味が湧いたら試しに淹れてみて、次に来店したときに「この間こうやって淹れたら、ちょっと思っていた味と違ったんだけど」と相談する――そんな風に、自由で個性的なコミュニケーションを楽しんでほしいのだという。

あるときは音楽に、あるときはイタリアの文化に触発されながら“誰も歩いたことのない道”を切り拓いてきた山崎。そんな彼のストーリーが込められたETHICUS coffee roastersの一杯は、静岡という土地から世界へと広がる、新しいコーヒー体験を創り出しているのかもしれない。かつては「かっこいいから」という直感だけで飛び込んだコーヒーの世界だが、そこから生まれる自由な発想とブランディングは、コーヒーの可能性をまだまだ先へ進めてくれる。ETHICUSという名の扉を開けば、あなたのコーヒー観も少しだけ変わるかもしれない。

山崎 嘉也 / YOSHIYA YAMAZAKI
ETHICUS coffee roasters

大学卒業後、不動産や無印良品での勤務を経てセガフレードに勤め、バリスタとして10年近く経験を積む。その間、イタリア・ナポリでの短期修行を行い、“美味しいコーヒーとは何か”という問いを追求。清澄白河の「ARiSE COFFEE ROASTERS」との出会いが独立のきっかけとなり、2018年に地元静岡へ戻って「ETHICUS coffee roasters」をオープンした。無機質な店内に大胆なパッケージデザイン、一対一の接客を通して“誰もやらないこと”を貫く姿勢で、多くのファンを魅了し続けている。今後は地方から世界へ向けて、新たなコーヒー文化を提案していく存在として注目を集めている。

ETHICUS coffee roasters
静岡県静岡市葵区鷹匠 2-21-12
Tel:054-204-9155
Instagram:https://www.instagram.com/ethicus.jp/