
PostCoffeeがお届けするコーヒーにさまざまな個性があるように、コーヒーの味わいを決めるロースターたちの人生もそれぞれ。全国で活躍中のロースターたちへのインタビューで紡ぐ本企画では、コーヒーとの出会いやこれまでの歩み、さらには今後のコーヒーとの向き合い方についてお話をうかがいます。今回インタビューにご協力いただいたのは、東京都・蔵前にコーヒースタンドと焙煎所を構える「LEAVES COFFEE ROASTERS」の代表でロースターの石井康雄さん。「コーヒーは僕の人生そのものだ」と真っ直ぐに語る、彼の人生を振り返ります。
石井氏の人生はまさに波瀾万丈だ。生まれ育ったのは東京都・清澄白河。今でこそカフェ文化が根付く人気エリアだが、石井氏が中学生だった1990年代は治安があまりよくなかったこともあり、「仲間たちを守るには強くならないといけない」と、15歳でボクシングジムに通い始め、17歳という若さでプロボクシングデビューを果たす。しかし19歳で試合中に大怪我を負い、引退を余儀無くされてしまうのだった。
27歳でコーヒーに出会い、独学で焙煎を習得。
「それまでボクシングしかしてこなかったし、本気で世界チャンピオンを目指していたので、あの時は頭が真っ白でした。悔しくてたまらなかったけど、練習も減量もとてもつらかったので、やっと終わるんだという安心感もありました」
夢追い人だった少年時代に幕を閉じ、その後は生まれたばかりの子どもと妻を養うために、飲食業と建築業を掛け持ちする日々。生活費を稼ぐために始めた飲食業だったが、意外にもボクシングと共通点があった。
「1対1で戦って勝敗を決めるボクシングと、目の前にいるお客さんに対して料理を提供して感想をいただく飲食業。お客さんのおいしいという言葉や笑顔は、僕のなかで勝利であり快感でした」
そうして飲食業にのめり込んでいった石井氏は27歳で独立し、スペインバルをオープン。その開業祝いにもらったコーヒーが、石井氏のコーヒー人生をスタートさせたのだった。
「お店にあったコーヒーマシンで、もらったコーヒーを入れて飲んだら、ベリーのような果実の味がしたんです。それまでコーヒーは苦手だと思っていたからとても衝撃的でした。それからは、この味の正体を知るために、自分のお店を営業しながらコーヒー屋さんの運営を担ったり、時には海外に足を運んで、いろいろなコーヒーを飲みました」
自分のやりたいことはコーヒーだ。そう確信した石井氏だが、あえて“先生”に習うことはなく、バリスタも焙煎もすべて独学で習得。それはプロボクサー時代で経験が影響していた。
「僕は自分が経験したことしか信じられない性格で、ボクサー時代に先生が教えてくれた方法よりも、自分なりに生み出した方法のほうが結果を出せたという経験を何度もしていたんです。だからコーヒーにハマればハマるほど、先生をつけないほうがオリジナリティが表現できていいなと思って、自分なりに研究を重ねていきました。おもしろいことに、今でこそポピュラーなバイパスドリップを自分で編み出していたんですよ(笑)。あの時は誰もやっていなかったんですけどね」
焙煎所をオープンするも、コロナで大打撃。
飲食店2店舗を経営する傍らで、コーヒーの研究を続けて独自のスタイルを確立しつつあった石井氏は、「LEAVES COFFEE ROASTERS」の前身となるコーヒー屋をオープン。しかし、新たな壁にぶち当たる。
「そのお店では焙煎はやっていなくて、全国のコーヒー屋からシングルオリジンのコーヒー豆を仕入れていました。でもコーヒーの知識がついていけばいくほどに、自分で抽出したコーヒーの味がおいしくなかったときにコーヒー豆のせいにしていたんです。こんな考えは絶対に違う。コーヒーにも仕入れ先にも失礼だ。だったら自分で焙煎をするために、まずはコーヒーのブランドを作ろうと、その1年半後となる2016年に『LEAVES COFFEE APARTMENT』を作りました」
その3年後には、念願だった焙煎所「LEAVES COFFEE ROASTERS」をオープン。「よし、ここからだ」と走り出そうとしたとき、新型コロナウイルスが世界中で流行。当時「LEAVES COFFEE」を含め7つの飲食店を経営していた石井氏は窮地に立たされてしまう。
「従業員はたくさんいるのに、営業はできない。ただただお金が減っていくだけ。僕の人生はもう終わったと思いました。でも将来的にはコーヒー1本でやっていこうと思っていたので、思い切ってレストランを全て手放すことを決意。しかし働いてくれている人を見捨てることはできない。じゃあ彼らにお店を託そうと、払えなかった退職金の代わりにお店をあげて、全ての借金を僕が引き受けることにしたんです」
100年企業になるため、世界一の焙煎士を目指す。
血の汗と涙を流しながら、数えきれないほどの人生の転機を迎えてきた石井氏。「LEAVES COFFEE」で本当にやりたかったことができている今を「人生の頂点」だと表現した。
「『LEAVES COFFEE』の『LEAVES』は直訳すると枯葉という意味なんですけど、僕らが表現したいのは枯葉ではなく、葉は成長したら枯れて、地面に落ちて、その落ちた枯葉の養分が幹の栄養になって、樹がどんどん成長していくじゃないですか。そんな再生と成長を意識したブランドなんです。僕らも新しい技術や知識をどんどん取り入れて、ずっと成長し続けていたいと思っています」
その成長した先に掲げている目標は、「LEAVES COFFEE」を100年以上続くブランドにすること。そのために必要なプロセスとして、石井氏は世界一の焙煎士を目指している。
「100年以上続くブランドにしていくためには、初代船長である僕の成果がとても重要になると思っています。まだタイトルは取れていませんが、アメリカのコーヒーメディア『Sprudge』の、世界で活躍したロースターを評価するNotable Roaster部門にて、2年連続アジアで初めてノミネートをしたんです。そのおかげで今、世界中からお客さんが来てくださっている。その影響力を体感しているからこそ、世界一になることは必要だと感じています」
コーヒーの研究は終わりがないからおもしろい。
石井氏が人生をかけてのめり込んでいる焙煎。その魅力とはなんだろうか?
「ゴールがないから、追い続けられることですね。コーヒーは生物だから、同じ温度で同じコーヒー豆を使っても、同じ味にはならないんです。ボクシングを引退して追うものがなくなってしまった僕に、もう一度世界一を目指させてくれたことを、とても感謝しています」
1g、1滴の誤差も許さないプロ意識を持つ石井氏に、自宅ではどのようにコーヒーを楽しんでいるのかを聞くと、親近感を感じるユニークな答えが返ってきた。
「みなさんが想像しているのはきっとカフェのように機材が揃っているキッチンかと思いますが、全然違います(笑)。いちおうグラインダーはコマンダンテを使っていますが、ケトルはコーヒー用じゃない普通のケトルだし、コーヒースケールも使いません。削ったコーヒー豆に、お湯をドバッと一気に入れて終了(笑)。でもね、それがまたおいしいんですよ。ポイントはコーヒー豆を限界まで細かくしてあげること。そして95度くらいのお湯を使うこと。お湯も温度は計ってないですよ。沸騰したお湯に水をちょっと入れるだけです(笑)」
日常のコーヒーってこんな感じでいいんだと思わせてくれるエピソードは、私たちの肩の力を抜いてくれた。
「『LEAVES COFFEE』では、自宅では経験できない非日常をお届けしています。コーヒーが僕の人生を変えてくれた感動を、みなさんにもぜひ味わってほしいと思っています」
石井康雄/Yasuo Ishii
LEAVES COFFEE ROASTERS
東京都江東区深川出身。10代の頃から20年に渡る飲食業のキャリアをもち、2010年にスペシャルティーコーヒーに出会う。数々の飲食店経験を得て計7店舗を経営し、2019年「町のロースタリーから世界へ」というコンセプトをかかげ「LEAVES COFFEE ROASTERS」として焙煎業をスタート。独学で学んだバリスタと焙煎で独自のスタイルを確立させた。焙煎開始初年度のJRC(ジャパンローストコンペティション)では東京エリアでは1位、全国では3位の成績を収める。自身の焙煎スタイルを「Light roast high development」と名付け素材のポテンシャルを最大限に引き出した焙煎を得意とする。焙煎士として世界一を目指すべく、邁進中。
INTERVIEW / RYOTA MIYOSHI
TEXT / NORITATSU NAKAZAWA
